1.残業代請求をされることのリスク
(1)民事責任
残業代請求が認められた場合、未払の残業代だけでなく、付加金や遅延損害金等も加算して支払わなければならない場合があること。
さらに、深夜や休日といった場合の残業代は、さらに金額が増えること。
(2)刑事責任
残業代不払いは、労働基準法に違反していることになるため、場合によっては、会社の組織全体が残業代の不払いを行っていたとして、悪質な労働基準法違反事例と判断された場合には、刑事責任を問われることがあること。
(3)行政責任
悪質な労働基準法違反事例の場合には、是正勧告等の行政責任を問われることも起こりえます。場合(業種)によっては、資格の取り消しもあり得ます。
(4)社会的な責任
多様な情報社会のもと、残業代不払いが常態化しているような場合、元従業員などの個人からSNSなどで企業名や違反事例の概要をインターネット上に拡散され、「ブラック企業」と評価される危険もある。
2.残業代請求を受けた場合の初動対応
残業代請求を受けた場合には、こうした様々な法的リスクが有ることを踏まえて対応する必要があります。
企業が残業代請求を受けた場合の初動対応のポイントは、以下のとおりです。
(1)事実関係の確認
労働者側から残業代を請求されたからといって、それが必ずしも事実に沿った正しい請求とは限らないので、まずは、その請求に理由があるのか、会社側で反論できることは無いか、時間を十分に取って検討する必要があります。どういった点を検討するかについては以下のことが考えられます。
よくあるミスとして、従業員から請求されたので、すぐに支払いをする会社もありますが、このような安易に支払いに応じることは厳に慎んでください。
(2)検討のポイント
①残業代請求の消滅時効
会社側からすると、不利な法改正になってしまいましたが、時効消滅期間が3年に伸びました。また、今後は5年まで延びることが予定されています。
このように、会社からすると、請求される範囲が増えますので不利ですが、中には、時効期間とは関係なく、入社してから退社するまでの全期間分の残業代を請求してくるケースもあります。
したがって、必要以上に支払いをしなくてもいいように、期間を確認しながら、時効によって消滅している期間があれば、その分については、請求から外すよう主張することになります。(1)のように、安易に支払いをした後だと、「債務の承認」となり、時効による残業代債権の消滅を主張できなくなります。
②従業員の資格、立場
残業代の請求ができるかどうかは、その従業員が取締役等ではなく、管理監督者にも該当していないなど、その従業員の資格、立場にご留意ください。
③基礎賃金の範囲
次に、従業員側が主張する残業代の計算根拠となる基礎賃金が、法的に適正な金額かどうかを検討する必要があります。従業員に計算根拠を尋ねてもいいと思います。
残業代とは、時間単価(基礎賃金)×残業した労働時間×割増率で算定されますが、残業代の計算根拠となる時間単価(基礎賃金)には、労働者に支給されている金額のすべてが含まれるわけではありません。
例えば、㋐家族手当、㋑通勤手当、㋒別居手当、などは基礎賃金から除外されます(労働基準法施行規則21条)。
従業員側では、請求金額をできる限り多く見せるために、上記手当も含めて基礎賃金を算定してくることが見受けられます。
④さらに、労働時間についても検討する必要があります。
残業した労働時間は、実労働時間から所定労働時間を控除した時間です。
実労働時間は、会社の指揮命令下で労働力を提供した時間をいい、機械的形式的に決まるのではなく、実質的な労務環境から判断されます。
従業員が出してきた労働時間に疑問があれば、請求をしてきた従業員にその根拠を尋ねましょう。
⑤他の従業員に与える影響
従業員が残業代を請求してきた場合に、会社側が早く紛争を終わらせたいがために安易に支払いに応じることによって、他の従業員にどのような影響をあたえるかという点も考慮する必要があります。
というのは、簡単に残業代請求をすれば会社はすぐに支払う噂が出れば、他の従業員で、退職後3年経過していない場合、その従業員からも残業代を請求されるリスクを負います。
従業員からの残業代請求対応にお困りの経営者様は、いずみ総合法律事務所までお気軽にご相談ください。